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    • 2014.08.15 Friday
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    人の気持ちに寄り添う

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      春眠暁を覚えず。今日の午前中はとにかく眠かった。視線を前に向けても頭が働かない。
      それもそのはず、昨日は夜更かしをしてしまった。23時過ぎまでまんが喫茶で久しぶりに『ガラスの仮面』を耽読した。
      『ガラスの仮面』を読み始めたのは高校1年の時だった。進路も決まらず、恋愛も知らず、良くも悪くも自分自身の色を持たない。そんな年頃に出会ったまんがだった。隣の席の子が読みたいと言って、クラスで回し読みになったのも記憶している。『ガラスの仮面』には人を惹きつける魅力がある。
      時を経て、久々に読んだ『ガラスの仮面』は今までとは違った印象を与えてくれた。主人公の女優であるマヤがどうしても掴みたい役「紅天女」。それを陰ながら支える紫のバラの人こと速水真澄。乙女だった高校時代、ひたむきに努力すれば夢は叶うと思っていた。マヤのように一途に人生を走り続ければ、思いは実ると思い込んでいた。あれから時は立ち、私も大人になった。現実に向き合い、自分の気持ちに折り合いをつけながら、時に周りに妥協して生きていくことにいつの間にか慣れてしまっていた。でも、どこかでは夢を見たいと思って手に取った作品が『ガラスの仮面』だった。
      ひたむきに役柄を追及するマヤの姿は清々しい。現実には現れそうにもない紫のバラの人との恋を通して、恋愛って何だろう?と考えた。ドキドキしたりハラハラしたり…結婚した今ではそういう気持ちは味わえなくなってしまっているけれど、代わりに私にとって旦那とは当たり前のようで当たり前ではない存在である。失うことを考えただけでも胸が痛む。当たり前だと思い、確固たる存在と甘えていてはいけないような気がする。演劇を通して大人になってゆくマヤの姿は必ずしも現実的ではないのだろうか?私はそうは思わない。人は誰もが人生のステージを踏んでいる。かっこ悪い時も、苦しくて涙にくれた日も、
      いつか自分色になるために与えられたステージなのだと思う。私は人生に躓き、家族に助けられ、支えられ、歩んでいた時もあった。今思えば、助けてくれたという感謝の気持ちがなければ、社会復帰もできなかっただろうし、痛みを抱えながら生きなければ、人の気持ちに寄り添う今の仕事を選ばなかったと思う。人生は次のステップのためにどこかでどこかの道が通じているものだと私は信じている。
       今日、訪問の帰りに会社の敷地内で自転車で転んでしまった。人生そんな時もある。でも、きっとひたむきに走る者でしか味わえない人生の味があるような気がする。これが『ガラスの仮面』読後感想文である。 

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