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    • 2014.08.15 Friday
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    あなたに会いたかったから、お母さんと結婚してあなたを産んでもらったの

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      グローブの中の空


       爐△覆燭鵬颪い燭ったから、お母さんと結婚してあなたを産んでもらったの。
       お父さんがぼくたちの家を出て行くとき、ぼくを抱きしめてそう言ってくれた。あのときのお父さんの言葉がぼくの心に沁み込んでいる。

       約束の時間に自宅から少し離れた、堤防公園に行くと、その人はもう来ているみたいだった。
      黄色い日傘を差してパンツスーツ姿で、ぽつんとペンチに座って、ぼくを待ってくれている。
       ぼくは、ため息をひとつつくと、その人が座っているペンチの方へ自転車を走らせて行った。
       「これって、兄貴のグローブだよな。」
      と、おじさんはそのグローブを手にすると、懐かしそうに、ポンポンとグローブを叩いた。
       「このグローブの主がおまえに会いたがっているんだけどな。」
       ぼくは、自分の机に向かって勉強している、かのようなふりをしている。
       「やっぱり、いやか。」
       おじさんは、少しぼくの顔を覗き込むように、ぼくの顔を覗き込む。
       「そうだろうな。おまえのお父さんは少し、いやだいぶん過激だもんな。」
       ぼくは、そんなおじさんの話を聞こえているかないか、分からないような態度を取り続ける。
       「そうだろうな。俺だって自分の兄貴が女の人になってしまったなんて、信じられないよな。」
       おじさんは窓から外に目をやりながら、そんなふうに言った。
       「やっぱり、会いたくないだろうな。」
       「あの人とはもう関係ないよ。あの人はもうお父さんじゃあない。」
      と、ぼくはふっと手を止めた。
       「自分勝手に女性になってしまった人をお父さんなんて呼べないよ。それに。」
       ぼくは少し下向き加減になって、同じ言葉を繰り返した。
       「それに?」
       おじさんはベッドから立ち上がると、ぼくの言葉を聞き直した。
       「それに、ちょっと、会うのがこわいんだ。お父さんがお父さんでなくなったのに、そんな人と会ってどうすればいいのか、分からないんだ。」
       ぼくはふっと、キャッチボールをしてくれていた頃のお父さんと、少し胸が膨らんでいるのに気がついた頃のお父さんのことを思い出した。
      ぼくは、お父さんとのキャッチボールがとても好きだった。お父さんがぼくに投げてくれるボールには、なんだかお父さんのぼくへの気持ちが込められているように思えたからだ。
      1球、1球を丁寧に受け取るようにしなさい。
      犲分が投げたボールを相手がちゃんと受け取ってもらえるように投げなさい。
      爐靴辰りと生きていきなさい。
      お父さんの投げてくれるボールには、そんな思いがいっぱい、いっぱい詰まっているように思えて、とてもうれしかった。
      そしてそんなボールを受けようとするとき、いつもボールといっしょに空を丸ごとキャッチすることができたように思えた。
      空がボールに込めたお父さんの思いをくっきりと鮮明にしてくれているように思えた。思い切り、空を実感することができた。そして空もボールといっしょにグローブの中に収まるように思える。だからぼくはお父さんとのキャッチボールが好きだった。
      そんな懐かしいお父さんとの思い出が、胸が膨らんできたあの人との思い出に変わっていく。それがぼくにとってとても切なく思えるのだ。
      でもお父さんの胸が膨らんできた頃、キャッチボールをしても、お父さんの投げるボールは、以前のように、力を込めたボールではなくなっていった。そしていつかもう、お父さんとキャッチボールはできなくなるなって思うようになった。
      それまで、ぼくはお父さんとお風呂に入るがとても好きだった。でもお父さんの胸が膨らんでいると気づいたときから、ぼくはお父さんとお風呂に入りたくないなって思うようになった。お父さんの胸がお母さんみたいなオッパイになると思うと、気持ち悪く思えたからだ。
      「ねぇ、あの人の病気はもうよくなったの?」
      と、顔を上げて、ぼくはおじさんに聞いてみた。
       「病気?」
       「うん。身体は男性なのに、心が女性であったり、身体が女性なのに、心は男性であったりする病気だよ。」
       「ああ、性同一性障害という病気のこと?」
       「うん。」
      「さあ、どうなのかな。治ったのかな。それともひどくなったのかな。俺にはよくわからないよ。」
      おじさんは机に腕組をして、自分の顔を乗せるようにして、ぼくの顔を覗き込んだ。
      「だって、性別適応手術っていう手術を受けたんでしょ。」
      「よく知っているな。誰から聞いた。」
      「お母さんが電話で誰かとそんな話をしていたのを聞いたんだ。」
      「そうか。」
      と、おじさんは顔の向きを変えた。
      「ねぇ、そんな手術を受けたんだったら、病気も治ったんでしょ。」
      「そうだな。でもその手術を受けたからといって、外見上は女の人と同じような性器を形成したとしても、別に赤ちゃんが生めるようになったわけでもないし、女の人になれたわけでもない。それに、」
      「それに何なの?」
      「うむ。この国ではたとえ身体が変えられたとしても、いろんな偏見や差別があって、仕事をやめなくなったり、就職もできなくなったり、結婚もできない。何か別の病気になっても、病院にさえ行き辛くなってしまうことだってあるみたいなんだ。」
      「じゃあ、どうしてそんな手術を受けたりしたの?」
      「さあ、どうしてかな?」
      「仕事も結婚もできなくなったりするっていうことを知らなくって、そんな手術を受けたの?やっぱりあの人はおかしいよ。」
      と、ぼくは言葉を投げ捨てるように言った。
      「うむ。でも兄貴はそんなことは俺らより、ずっと分かっていたと思うよ。」
       おじさんは、ぼくが投げ捨てた言葉を丁寧に拾い上げてくれる。
       「じゃあ、どうして。どうしてそんな手術まで受けて女の人になんかになったの。男に生まれたんだから、ずっと男のままでいいじゃあないか。父親のくせに。」
       ぼくは、少しイライラしはじめていた。そんな自分に気がついている。どうしてもあの人のことが理解できないんだ。
      爐い弔らなの。どうしてそんなことを隠して、わたしと結婚したの。そしてどうしてあの子まで作ってしまったの。
      というお母さんの泣き声がぼくの脳裏を悲しく、今も掠める。
      「どうして。どうして自分は本当は女性だと思っていたのならば、お母さんと結婚なんかして、ぼくを生んだりしたんだろ?そしてそのくせ、途中でお父さんをやめてしまう。だったらはじめから、お父さんなんかになるなよ。」
      もう二度とお父さんには会えなくなる、ぼくが好きなお父さんには会えなくなる、そんなあのときの寂しさで、今も心がいっぱいになってくる。
      「そうだな。おまえの言うとおりだ。でもおまえのお母さんはあんな兄貴と一緒になって、おまえを産んだことを後悔しているのかな?おまえはあんな兄貴の息子として生まれてきたことを後悔しているのか?」
      と、おじさんは静かに話した。
       「正直言って、俺にもわからないんだよ、兄貴の気持ちが。」
      と、おじさんはまた外の方に顔の向きを変えた。
      「ただな、自分が女だと心は叫んでいるのに、男の格好をして、男として生きるのは辛いことだと思うよ。おまえだって、学校にセーラー服で登校しろって言われたら、嫌だし、きついだろ。なんとなく、兄貴もそんな感じだったんじゃあないかなって思ったりもするよ。」
      おじさんは、ぼくの昂ぶりかけた気持ちを和らげてくれるような口調で話してくれた。
      「もちろん、性同一性障害という病気を抱えている人がみんな、あの手術を受けるわけじゃあないし、この国ではあの手術自体にさまざまな偏見があってなかなか受けられるものでもないみたいなんだよ。でもそんな手術まで受けて、兄貴は本当に自分が納得できるような生き方がしたかったんだじゃあないかなって、最近思えるようになってな。」
      「そんなの、身勝手な生き方だよ。」
      と、お父さんへのなつかしさが胸いっぱいになりながら、ぼくはそう言った。
       「そうだな。身勝手だし、過激だよな。」
       おじさんはどこを見て、だれと話しているのかさえも分からないように話し出した。
       「勝手に自分の心は女なんだと言い出して、家を出て行って、せっかく女になれたというのに、今度は自分が男だったという過去を暴露するように、自分の息子に会いたいなんて言い出したりして。本当に身勝手だよな。お騒がせな親父だよな。」
       おじさんは、なつかしそうに話した。
       「でもな、あんな身勝手な父親でも、あいつがおまえの父親だという事実は否定できないし、おまえがあんな兄貴の息子だったという事実も否定できない。二人が親子というのはどうしようもない事実なんだよ。でも二人にできることは、これからどんな親子になっていくのかということだけなんだ。それには誰にも口出しはできないんだよ。たとえ父親が女性になろうとね。父親はずっと男性でいなければならないとか、母親が女性でいなければならないとかというのは、それは単にそういうふうに考えている人の思い込みなのかもしれないしね。問題は当人同士がどんな親子関係を作っていくかっていうことであって、それには何人であっても口をはさむことではないのように思うんだよ。」
      おじさんは、きっとぼくと話をしているんじゃあないと思った。おじさんはまるで自分自身と話をしているように思えた。
      「でも、分からないよ。あの人に会ってどうしたらいいのか。何を話したらいいのか。」
      「何も話さないでもいいよ。ただ自分の父親だった人がどんなふうな生き方をしているかを見てくるだけで。」
       おじさんはまた、ぼくの顔を覗き込むように話しかける。そのときのおじさんの顔は、とても優しく思えてきた。

       あの人が座っているペンチの近くまで行って、ぼくが自転車を降りると、
       「お久しぶりです。」
      と、あの人は深々と頭を下げて、あいさつをしてくれた。それがいやに他人行儀でどこかぎこちなく感じる。
       ぼくは、無言で頭を下げると、あの人が座っていたペンチに腰をかけた。
       「元気だった?もう高校生になったのね。本当に大きくなったわね。」
      と、あの人もベンチに腰をかけると、そう声をかけてくれる。
       ぼくは、どんな話をしたらいいのか、分からないで、ただただ肯いているだけだった。
      あの人は、茶色に染めたセミロングの髪型をしていて、お母さんのようにうっすらとお化粧していて、薄く口紅を差しているのが分かった。そしてお化粧しているからなのか、女の人の匂いがする。
       「大変な手術を受けられたんでしょ。もう身体の方はいいんですか?」
      ぼくは、何を言ったらいいのかわからずに、ふっとそんな言葉が口をついて出てきた。
      「ありがとう。でももう大丈夫なの。仕事も行っているし。すっかり、元気になったの。」
      あの人は少しうれしそうにしゃべってくれた。
      それからしばらく、二人とも何もしゃべらなくなり、ずっと川辺の方を見ていた。
      「休みの日は、よくこの公園でキャッチボールをしたよね。」
      と、ぽつんとあの人は言い出した。
      「そうだったですね。」
      と、ぽつんとぼくも答えた。
      「キャッチボール。そうね、なつかしいね。でももうできないわね。きっとあなたが投げたボールを受けられないかもしれない。」
       あの人はずっと川辺の方を見つめていた。
      お父さんの投げてくれたボールを受け取ったとき、いっしょにあの空もキャッチすることができたように思えた。
      ぼくは少し空を見上げた。
      あの頃、ぼくはこの人の投げてくれたボールを、あの空といっしょにキャッチしていたんだ。
       とても優しく時が流れていくのを感じていた。

       数日後、朝学校に行く途中、駅前を通ったとき、数人の人が一生懸命に何かビラを配っているのが見えた。
      「わたしも性同一性障害の当事者です。わたしたちも皆さんと同じように、当たり前に生活がしたいのです。当たり前に幸せになりたいのです。どうかみなさん。わたしたちの声を聞いてください。わたしたちの話を聞いてください。」
      と、大きな声をあげて、一生懸命にビラを配っている人がいた。
       爐△凌佑澄
       額に汗をかき、見知らぬ人一人ひとりにビラを配っているあの人の姿を見つけた。
      その時、あの人がぼくのお父さんだった人と思った。姿形がどんなに変わってしまおうと、必死に自分らしく生きようとしているあの人の姿をみつけた。
       爐匹Δ靴討世茵どうしてそんなことをしているんだよ。せっかく女性になったのに、そんなことをしていたら、自分は女性ではなく、元男性だったと言ってるようなものじゃあないか。
      と思わず、ぼくはその場に立ち尽くした。そして空を見上げた。
      そこには、爐靴辰りと生きていきなさい瓩箸いΔ父さんの思いをいっしょにキャッチすることができた、あの空があった。
       
       爐△覆燭鵬颪い燭ったから、お母さんと結婚してあなたを産んでもらったの。
       お父さんがぼくたちの家を出て行くとき、ぼくを抱きしめてそう言ってくれた。あのときのお父さんの言葉がぼくの心に沁み込んでいる。 

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